短編拳銃活劇単行本vol.1

□Attack the incident
1ページ/45ページ

 恋野湊音(こいの みなと)は働かない。
 彼女、恋野湊音は22年ばかりの短い人生でこれほどまでに選択を迫られたことは……「またか」と吐き捨ててしまうほどに経験してきた。
 寧ろ選択肢しか無い人生だった気がする。
 それも強ち間違えていない解釈だ。左右に分かれる道があるのなら右へ曲がるか左へ曲がるかで新しい選択肢が目前に現れる。それに加えて、経験則として、人間は必ず後悔する生き物だということも知っていた。悩んだ末にAを選んでも期待したほどでもなく、矢張りBを選ぶべきだったと嘆くのが人間だ。人間は必ず後悔する。
 恋野湊音は働かない。
 彼女の22年ばかりの人生訓が彼女の耳元で囁く。
 「この依頼は引き受けるな。痛い思いをする。依頼を引き受けずに塒で何か食べよう」と。
 危ない橋の端を走る依頼。
 A:糊口を凌ぐために依頼を引き受ける。
 B:命が惜しいので今回は見送る。
 今の選択肢はたったのこれだけだ。選択を迫られる場面で能動的に選択できるルートが多いと言うのはとても幸せな事だ。どんなにゴネてもたった一つのルートしか選ばせてもらえないと云うシチュエーションは最悪だ。そう言った意味では湊音は恵まれている。選択の幅が二つも有る。
 ただ、判断と思考を巡らせる邪魔をしているのは、生来の稀に見る不精者根性。稀代の不精者を競う選手権があれば国内大会では敗北を喫することはまず無いだろう。
 だが、彼女はこんな見てくれでも裏街道の人間だ。表世界の争いのルールではスケールもバリューも違う。表世界で負け知らずの猛者でも湊音が屯する界隈では普通に存在する。瞑目して石を適当に10個くらい投げれば湊音レベルの不精者に当たる。
 早い話が表の明るい世界でドロップアウトした人間が吹き溜まる世界も内奥に含んでいるのが裏街道こと暗黒社会だ。ピンでも組織でも日雇いでもピンキリの世界はこのような落ちぶれた人間で構成されている。
 明るい世界の人間がスクリーンやモニターで見るほど、暗黒社会はギラついていない。堕落し、働かないためなら手段を選ばない人間が、如何に働かずに大金を手に入れるのか? と云うテーマで最高の頭脳を働かせて想像以上の汗水を流している世界だ。
 それを念頭に、恋野湊音(こいの みなと)は働かない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ